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日本で私達の帰国を待つ高齢の母

当初2年の予定だったアメリカでの生活が、2年半を超えた。

我が家は、夫の両親はまだ若く現役で働いているのだが、私の母は70台半ば。父も10年前に亡くなっており、いわゆる独居老人に数えられる世帯の1人。



見た目も若く、実際足腰も丈夫で、身体面での心配はしていないのだが、母の身の回りにだんだんと変化が出できた。
元気だった友人達が、体を壊したり、記憶がおろそかになったり、病気で亡くなったりし始めたのだ。



母は、長い期間同じ土地に暮らしていることもあって、友人が多い。
この間も、スカイプでもしようと連絡をしたら、友人のNさんが遊びに来てくれている最中だった。

「昨日2人でデパートに行ったら、その場にいなかった友人にとても似合いそうなワンピースがあったから、勝手に2人でそれを購入した!」のだそうだ。
それで、「これからその人、来るのさあー!誘ったのさ。ワンピース見せて、びっくりさせようとおもってさっ!」

やけにのりの良い、いい年した2人組み。
そりゃあ楽しいだろう!

Nさんが、「なんも、私に気を使わないで、ゆっくりしゃべんなぁ~~」といってくれたので、遠慮なく近況報告などしていたら、その最中に今度は母の妹から電話。後からかけるからと、申し訳なさそうに切っていたけど。


常にこんな調子でもないだろうが、こうやって人との繋がりが耐えないのも、母の人徳といえるかもしれない。
そう思うと安心。






けれど、楽しい話題ばかりではない。

昨日、母の30年来の親友が亡くなった。
癌と宣告されて7年。その間もずっと仲良くし続け、体調を見ては旅行に誘い、ついこの間まで仲良し仲間で集まっておしゃべりしていたはずだったのに、ホスピスに入院されて約1ヶ月で、なくなられたそうだ。

さっきそのことで母から電話があり、

「お父さんの時は、何がなんだか分からなくって、泣いた記憶もないけれど、今回はもう泣けて泣けて、さみしくって仕方がないんだよ・・・。」

と。





母は、来年の春こそ、私達が帰国するものと思っているに違いない。
時期未定とは伝えてあるけれど、日本人にとって4月は一年の節目だし、内心期待しているだろう。
でも、その時期にはおそらくまだ、私達は帰らないだろう。



正式に滞在延長が決まったら、その連絡をする際に、こちらにまた遊びに来るように誘ってみようと思う。
こちらに来たらお友達と会えず、退屈かもしれないけれど、ちょっと長くこちらで過ごしたらいい。
夫に伝えたら、賛成してくれた。


さらに、こちらの小学校が夏休みになる6月下旬までこちらに居られれば、母の帰国と私達の一時帰国のタイミングを合わせることも出来るんじゃないか。

そうすれば、去年のように、1人で国際線に乗せて日本に帰す心配がなくなる。
あの時は本当に不安だったなぁ。。。





母の友人知人たちの怪我や病気・訃報を続けて聞くうちに、母も、いつまでも元気なお婆ちゃんじゃないんだ、と言う現実が、ひしひし感じられてきた。


今日は一日、自宅の庭の手入れをして過ごすと言っていた。
段差の多い庭と、家。
これまでこんなことを考えた事はなかったけれど、転ばず、安全に過ごして欲しい。






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.07 2012 アメリカ・暮らし comment8 trackback(-)

equality

英語のクラスで作文をした。
テーマは無く、短いセンテンスならなんでも良いという自由なもので、そもそもの目的はグラマーのチェックであった。


私が、


Every person have equality with our life.



と書いたら、ペルー人のクラスメートが「それは違う」と。

ああ、あまりに言葉が足りなかったと思い、生命の始まりの段階では、皆平等だということが言いたかったんだと口頭で付け加えたら、多分それは通じていたんだけど、

「いや、そうじゃない。」




彼女は、今は出産前にだって病気や障害が分かる時代なんだし、そうじゃなくても、生まれてからすぐに障害の有無は分かるじゃないか、だったらもう、その時点で不平等は生じているというのだ。
「We are not equal!」



そういう考え方は私はしていなかったから、何か根本の考えがどうも違うなあ、、、と思っていたら先生が、



「△△(私の名)の言いたい事は僕には分かる。
でも、ここでは、equalityという言葉の受け止めに違いが生じている。
アメリカでは、equalityというと、裕福か貧困かとか、教育とか、政治とか、身分とか、人種とか、そういった事をさす事が多いし、そのような思考をする人が多い。
だから、こういう場合は、

All people began life the same way.

というように、シンプルに表現した方が良い。」




と教えてくれた。




この話しをアメリカ人の友人Cに、こんなこんなことあったけど、どう思う?と話してみたら、彼女は、




「△△の考えには賛成だけれど、その先生のいうことも、同じアメリカ人だからよくわかる。
こういう話しは、その国の思想が反映されると思う。
どういった国で、どういうふうに育ったかということがその人の考えを左右するから、人生に平等なんてありえない!という強い思いを持っている人もいるのは事実だということも分かる。

そして、おそらくそれは、


Not everyone has the same opportunities.


ということ。



でも、△△の言いたかったのは、そうではなくて、


Every life has value/purpose.


っていうことでしょう。でも、それがそのクラスメートにはうまく伝わらなかったんだね。
disabilityについてもそうで、overcomeできず苦しんでいる人もいるのは事実だから、そのペルー人のクラスメートがそういう言い方をしたのも分かるよね。」





さすが、C!
とてもよく分かって、分かりやすく説明してくれて、納得できた。





こんな感じで、単語自体はとても簡単でシンプルなものしか使っていない(使えない)にも関わらず、本当に自分が伝えたい事を伝えきれない事がなんと多い事か。
equalityという言葉に縛られて、自分の伝えたかった事を他の表現で他の見方で伝えなおそうということが出来なかった。

難しいなあとも思うし、いつまでこんな低レベルの英語力なんだろうかと、自分自身を情けなくも思う。





でも、今回のように、ネイティブの助けを得て、一つ一つ、言葉だけでは無くて考え方の根底からじっくり考える事が出来るのもここにいるからこその経験。

もどかしくて嫌になる事も多いけど、もうしばらく、こちらにいる間は逃げずに頑張ろう!

.05 2012 英語 comment0 trackback(-)

続・息子、殴られる

クラスメートにお腹を殴られた息子の話の続き。



あれから数日後、息子が、


「あっ、そういえば、あの後、オドロキの展開になったさ!」



と報告してきた。








通学時の生徒の安全を見守る、セーフティーパトロールを、そのクラスメートもやっていたらしいのだが、なんとそれを辞めさせられたらしい。

ランチの時に、息子とその彼と、数人の男子達で話をしている中で、彼が、


「パトロールやめさせられた。そんなひどい事したつもりなかったけど、人を殴ったりするような子はパトロールなんかやらせられないって、カウンセラーに言われた。」


と打ち明けてきたとの事。




それを聞いて息子は内心「やりっ
と思い、




「おお、そーなのかー」、と相槌を打ったら、



「そーなんだよ。○○(息子の名前)も、殴られるようなこと、もうしないほうがいいよ」




と、息子にとっては妙なアドバイスをしてきたので、




「は?何いってんの?おまえこそもう、同じことするなよ。」




と、返しておいたそうだ。




周りの男子の中には、そのクラスメートがパトロールをやめさせられた事は知っていたけれど、その理由が何故なのかを知らなかった子もいて、そんな子達は、「○○(息子の名)が絡んでいたのか!!」と、ちょっと興奮していたらしい。



別の子は、



「僕、パトロールやりたかったけどやらせてもらえなかったから、1人減ったなら、やっぱりやれるかも!」



と、わくわくした顔をしていたらしい。





これらのやり取りをランチを食べながらして、あとは普通にリセスに突入していつもの通り、遊んだんだって。
さすが子供。








それにしても、パトロールを辞めさせられるような体験、笑ってすむようなことなのか。親御さんにとってもそうだろうし。。。

私も夫も、先生から何も聞いていないから、息子の話がすべての情報になるわけだけれど、このままにしていいのだろうか?と悩む。
そもそも、息子にさえ、何も知らされていないらしいから。

謎だなぁ。







息子は、

「いっつもお母さんがさ、100万回くらい言ってることがほんとだって分かった。
ちょっとふざけただけのつもりでも、その気がなくても、相手にとって傷つくような出来事だったら、やったほうが悪いんだから、自分がした事を反省して謝らなきゃだめなことだ、っていうこと。

やろうと思ってたわけじゃないならべつにいいじゃんって思っていたけど、やられたほうはすげー嫌だし、そのまま黙ってなんていられないって分かった。

それと、やられたら同じようにやりかえしてやらないと損だって思ったけど、じぶんがそんなことしなくても、天罰(!)って下るんだな。

お母さんが、嫌なことをやってきた相手に同じようにやりかえしたら、自分までその"やってきた相手"と同じになってしまって、それはお母さんにとっては、悲しくて悔しい事だっていってたけど、それもそうだな。
じぶんも相手に同じことやり返したら、自分も”やった人”になっちゃうんだな。
確かに、やだな。」



というような事も、言っていた。





天罰ってちょっと違う気もするし、なんだかやっぱりしっくりこない。
パトロールをやめさせられちゃった彼のことがとっても気になる。
このままでいいのかなぁ。。。

先生に聞く前に、学校のママ友で口の堅そうな人に聞いてみるか。











.04 2012 息子 comment0 trackback(-)

息子、殴られる

息子が学校から、非常に不満のありそうな沈んだ顔で帰ってきたので、どうしたかと聞くと、


「トリスタンに殴られた」


と。





よく聞くと、トリスタンというのは、新しくきた転校生の名前だとのこと。ちなみにアメリカ人。

体育の時間に、彼が、もう授業が終わったのに床にねそべっていつまでも起き上がらないから、隣にいた息子は気になって、「そろそろ起きろよ」という意味で数回体に触れたら、彼もそれに対して息子の体に触れてきたとの事。このときはまだ力も入っていなくて、まあ、良くある感じのじゃれあいだったんだろう。


そして、すっと起き上がったトリスタンが、不意に息子の腹部(みぞおち)を拳骨で殴ったのだ、とのこと。





いきなりだったので息子はそれをよけることも出来ず、ううっ、となって床にしゃがんだら、まだ体育館に残っていたクラスメートがその様子に気がついて、大丈夫かとそばに寄ってきた。

けっこう痛くて、大丈夫じゃないよ・・と思いながら起き上がったら、トリスタンも、


「Are you OK?」


と、息子を覗き込んできたとのこと。




それで、息子がどうしたかというと、やられっぱなしでは悔しいと思い、

「殴り返して、さらに蹴ってやったんだ!!!」

と。


その時の動きを1人で再現するから見ていたら、どうも相手の腕をチョップするように殴って(こういう動きも殴るというのか?)、その後、片足を蹴った様子。







トリスタンも痛そうにしていたようだけれど、クラスメートのうち2人の男子が息子を保健室に連れて行ってくれたそう。

保健室から帰っても息子は怒り収まらず、トリスタンは謝ってこないし、スクールカウンセラー(常駐職員)の部屋の前にあるご意見箱的な箱に、こういった事があった!という文書を書いて提出をした。

カウンセラーはすぐにその文書に気がついてくれたらしく、昼休みに息子とトリスタンを別々に自分の部屋に呼び、なにやら話をしたらしい。






息子は、


「カウンセラーがトリスタンと何を話したのかはしらない。でも、○○(自分の名前)には、嫌なことがあって大変だったね、とか言ってた。トリスタンに、この学校のルールをしっかり教えなければって言ってた。担任にも言ったけど、あしたトリスタンと話をして見るからって言ってた。」


「やられてやられっぱなしだなんて、そんなの自分には出来ない。」


「アメリカでは護衛のために銃を持つじゃないか。それは自分を守るためには相手にも手を出す必要があるということじゃないか。その考えには賛成だ。黙って許すとか、そんなのイヤだ。」




とか、30分以上に渡り、自分の考えを母に向かって論じた。
いつものようにおやつを食べながら。



お母さんはどう思うの?と聞かれたから、母の考えも伝えたら、だまって聞いていたけれど、それに賛同する様子はなかった。




こちらではいじめの教育は盛んで、定期的にそのためのクラスが開かれて、子供達でグループワークをしたりしているらしい。
カウンセラーの活躍も見聞きしていたけれど、息子が早速カウンセラーに報告ということに、驚いたというかなんと言うか。。。




トリスタンについて聞いても、「転校生だし、これまでもちゃんとしゃべった記憶もないし、どんなやつなのか何にも知らない!」という息子。

自己防衛論には一理あるけれど、いちいち殴られたからと殴り返すのも・・・。

遊びと暴力の違いと境目を考えさせたほうが良さそうだが、どうしたらいいのか。

なんだか色々しっくりこない母。この話題は、考える余地有。






そんな息子に、今日、Aというお友達から、バースデーパーティーの招待状が届いた。
彼女のパパはテレビのキャスター。私は良く知らないけれど、どうやら有名人らしい。


「ってことは、Aの家は豪邸かなぁ?アメリカの家はでっかいから。パーティーも豪華かな?でも、男1人だったらそれもやだな。」

「行くとしたら、ギフトがいるけど、お母さん、何がいいと思う?」

「Fとか、Jとか(友人達の名前)、行くかなあ?」






君、この頃、いろいろあるね。

お友達がいるってことで、そこは安心だ。












.02 2012 息子 comment0 trackback(-)

「Sorryは不要」、とお説教

新学期、最高学年の5年生に進級した息子。

今年の担任は、名前も見た目もとても強そうな女性教師で、貫禄十分!

数週間前に開催されたBack to School nightという、年度始まりに毎年開かれる親向けのカンファレンスでも、「あたしは毎年これをやってんのよ。ふんふんふん~~♪」
という感じで、余裕があって、なんだか安心した。



いま日本がどんな感じなのか分からないけれど、息子の学校では先生からの連絡は、紙媒体ではなく、email。
今週のテストの予定とか行事予定みたいなものが時々くる。


この間、こんなメールを受け取った。
訳すと、たぶん、


再三伝えたにも関わらず、今日が締め切りだったvocabulary packetを未だに出していない子供の親にだけ、このメールを送っています。
今後はこういう事がある度に連絡はしませんが。



家で余分な勉強はしないけれど、宿題だけは必ず終わらせる息子。
これはどういう事かと聞くと、課題のプリントを貰ってすぐにぐちゃぐちゃなかばんにしまいこんじゃって、そのあとすっかり忘れていた、とのこと。
かばんを見たら、母発狂寸前の乱雑さ。

「見栄えばかり気にして高いカバンかって、この有様とは!」



生理整頓のみならず先生の話もろくに聞いていないから、こういう事が起こったんだと反省し、その日のうちにそのpacketすべて終わらせた。
横から見ていたら、結構なボリュームだった。本来一週間かけて仕上げる内容だったらしいから、大変だったと思う。
息子は、明らかに焦っていたけれど、それが原動力になったか、集中力もすごかった。



次の日、一日で仕上げて出すなんて、偉いだろ?的な気持ちで、「遅れてすみません」と言いながら先生に出したらしいが、先生からは、



「こんな時にsorryなんていう必要はない。そんなこというくらいなら、期日までに出せばよかったというだけのことだ」



から始まって宿題を期限までに出さなかったことに対して、お説教(?)されたそうだ。
おきまりの、「ワンダフル」「グレイト」「グッジョブ」、もちろん一切なし。




本人は、こんなことなら何も言わずに出せばよかった。日本だったら、なんか、すみませんっていうじゃん。もう、みんなの前で説教されてさぁ~~!とうんざりしていたが、母からすれば、先生のおっしゃること、当たり前の話だ。



それにしても、あの体格、横幅、そして貫禄で覆いかぶさるようにお説教されたら、さぞかし迫力があっただろうなぁ。
またいい経験したね。










.01 2012 息子 comment0 trackback(-)

購入後4ヶ月経ったCDの返品・交換

5月に、ギフトとして購入したビリー・ジョエルのCD。
2枚組のベスト版。

息子がタレントショーという小学校の行事で、Piano Manの弾き語りをしたので(ちなみにピアノではなくギターで)その記念とご褒美として購入、友人からのメッセージなど手書きで入れてもらったりして、プレゼントしたのだ。




結局そのCDを好んで聴くのは私で、これまで1枚目を中心に聞いており、先月やっと2枚目を聞こうと思ったらなんと2枚入っているのに2枚目がない!
オドロキの、2枚ともDisk Aという、ありそうで信じられない現象。



今日、購入後4ヶ月も経っていることを後ろめたく思いながら、そのCDを購入したお店へ。
ダメ元で、事情を説明して交換してくれないかと聞いてみた。



2人いた店員のうちのひとり、水色のシャツののっそりした方は、愛想も何もなく、

「5月??しかもレシートもないなら」 


と言い放つ。



ところが、もう1人近くにいた細身のめがねのほうが、

「在庫の確認をしてみよう」と、パソコンでチェック。
同じ商品が店頭にあり、「これだろう」と見せてくる。



そうだそれだと伝え、Disk Bを欲しいんだと言ったら、

「じゃあ、今ユーが持ってるほうはこちらで引き取る、この新しいのをあげる」と。



いや、それじゃこまるんだ。
いくつもメッセージが入っているのが見えるだろう。
それが大事なんだ、ギフトなんだから。



と、主張を続けたら、店員さんふたり、もごもごもご・・・と何か話し合っている。



最初に水色のほうが、


「また、その人達にメッセージとか、書いてもらえばいいじゃないか」

とめんどくさそうに口を開いたが、彼のやる気のなさを見ていたら、これはいけそうだぞと直感し、



「そんなに簡単に書いてもらえると思うか?しょちゅう会えるわけじゃないし、これはこのメッセージを書いた人全員からの、ギフトだったのに。」


としつこく言ったら、じーっとこちらを見ていた細身めがねのほうが、



「OK」




と言って、新品のCDのパッケージをザクザクあけ、タイトル(表紙?)部分の紙を抜き取り、私が持参したCDのメッセージ入り表紙と取り替えてくれた。



それを見ていた水色はなんとも不満そうな顔をしていたが、細身のほうは淡々と行動し、ノープロブレムとか言いながら、新しいのを私にくれた。


その場で、間違いなく2枚違うディスクが入っていることを確認し二人の店員にも見せ、オー、パーフェクト、サンキュウ、アイアプリシエイトユーとお礼を述べて、るんるん気分←死語?で帰宅した。




日本じゃあり得ない出来事とそれに対する自分の行動。

夫が、「すげー、俺にはできない」と、この俺には出来ないの意味が、そんな図々しいことよくやるぜという事なのかと若干気にはなったが、ここは自己主張がとても大事なアメリカではないですか。

返品天国アメリカをまた実感した出来事だった。
.17 2012 アメリカ・暮らし comment11 trackback(-)

鉛筆を投げつけてきた

今日、学校から帰ってきた息子が、おやつを食べながら、

「○○(自分の名前)の足、くっさいっ!」

と大きな声で言った。

彼は私と同じで、椅子の上でも正座をしたり、胡坐をかいたりするので、靴を脱いだ上に足と鼻の位置が学校にいる時より近くなったために、においを感じやすくなったのだろう。



すごく変なにおいだと騒いでいるので、どんなにおいかと聞くと、


「こんなのかいだら、お母さん死んじゃうかもしれないくらいだよ??」


と、恐ろしい事を言う。


あほかいなと思いつつ、「自分の子供の足のにおいで死んじゃうなら、母親として本望だ」とか、適当な返事をしたら、私の鼻に靴下を履いたままの足を近づけてきた。




わが子の足は、はっきり言って、ものすごく変なにおいであった。
子供とは思えない異臭。
速攻で玄関に行き、靴を確認したら、やはり同じ悪臭を放っていた。
考えてみるとその靴は7月の半ばに購入した物で、それを毎日のように履きつづけていたんだった。
友達からの評判も良く、喜んで履きまくっていた。
一回も洗っていないし、干してもいなかった。


これはいけないと反省し、早速直射日光に当てて、殺菌することにした。







数十分後、同じようにテーブルで向かい合って、息子は宿題、私は別の事をしていたのだが、息子がまた、

「正座すると足が近づいてきて、くっさー!!」と騒ぎ出した。

さっさと靴下を脱ぎなさいといったら、その脱いだ靴下をにやにやしながらこちらに近づけてくるので、ふざけるな、洗濯に出せと制止した。




またしばらくたった。
息子は算数の宿題に取り組み中だったようだったが、ふと目があった瞬間に、


「ああ、くさいくさい!」と、顔をしかめて鼻の前で手を振るしぐさをしてみせたら、


「わあ、なんだようっ!」っと、いきなり持っていた鉛筆を投げつけてきた!!!!


鉛筆は私の腕を掠めて、床に落ちた。




鋭利な物を人に向かって投げつけるとは!と私は怒り、一瞬、拾った鉛筆を折ってやろうかとも思ったけれどさすがにそれはやめ、そのかわり、危険な事は相手が誰であれ、二度とするなと叱ったら、


「そんなの、お互い様だよっ!」と、真っ赤になって泣き出した。

くさいくさいと人をバカにした行為と、それに対して腹を立てて鉛筆を投げつける行為は一緒だというのだ。





さっきまでさんざん自分を臭い臭いといって、人にそれをかがせようとしたりしていた人間が、鉛筆投げを叱られた腹いせに何を言うかと、大人らしく問うてやったら、それも納得がいかないようで、さらに泣く。
不公平だというのだ。



私はなんだかわけが分からなくなりつつも、鉛筆をなげた時点では彼はまだふざけモードだったはずで、思いがけず母の急激な変化と叱責を受けたことでビックリして興奮状態に入ったのであろうと分析した。
けれど、冷静になれば、背景はどうであれくさいくさいしたのは良い事ではなかった気もして、


「今度からはもっとユーモアの分かる相手を選ぶことにしますっ!あなたに対して、くさいくさいして、本当にごめんなさいねっ!」


と誤り、


「でも、謝ってもらって気が済んだとしても、危険行為で応酬するのは、してはいけないことだ」


と念を押した。


息子はぶつぶつ言いながらも、もう泣いてはおらず、わかったよとか何か言いつつ、促されて母に対して鉛筆を投げたことを謝り、また宿題に取り掛かり始めた。





もしこの場に夫がいたら、


「あんたたち、ほんとに似た者同士だね。」とか、「全く、一体なにやってんの?」と、いつものように呆れることだろうと思ったが、最近こういうわけの分からない諍いが絶えず、頭を悩ませる母であった。
これは反抗期の始まりか。
だとしたら、ある意味正常な発達なのだろう(?)
言いたい事は、その都度言わせよう。
言っちゃった!という後悔も、言ってやったという達成感も、どっちも感じたほうがいい。
こっちももちろん、思った事は言うけど。
真剣勝負だ。




それにしても、こういったことが起こるたび、1時間かそこらの間お互い無口でよそよそしくなり、その後は何もなかったように通常に戻れるのだから、親子って、不思議なものだ。

.11 2012 息子 comment2 trackback(-)

息子の帰国後の進路

現在小5の息子が日本に帰国する時、何歳で何年生で、さらにその時期のどのタイミングになるのか、まだ不明の我が家。

中学受験が盛んだったり、小学校に帰国子女枠のある学校のある区域に帰国予定のお子さんは、そういう方向で親御さん達が準備を進めていると聞くけれど、いずれも私達にはあまり関係のありそうな話ではない。
帰る場所さえ決まっていないこともあり、息子の進路などまだまだ先のように感じてしまう。
親が熱心なら、もっと情報収集するなりしているのかもしれないけれど、我が家にとってはまだそのタイミングでもなさそうだ。



分かっているのは、おそらく英語は学年(学校)の中でも良くできるだろうということと、国語(日本語)をはじめ、その他の教科全般では、ついていくのに大変な苦労をするだろう、ということ。
「パジャマ」を「パジョマ」と書いて、何の違和感も感じていない様子の息子。
大丈夫なんだろうか。




夏休み中に息子とその話をした。

まだ10歳だし、ピンとこないかもしれないけれど、いずれ直面することだから知っておきなさい、と切り出して、帰国してからの進路には、幾通りかの選択肢があるのだ、ということを伝えた。
こっちに来た時はすんなり今通っている小学校に転入したけれど、日本に帰るときはそうじゃない。
選択肢を知っていれば、自分でどうしたいのか、自分の頭で考えることが出来るし、必要なことだよ、と。




選択肢の1つ目は、小学校なり中学校なり、家の近くの公立の学校に行くパターン。
その場合は、高校に入学するために受験をしなければならないから、日本の小学校の勉強が遅れていることをあわせても、かなり勉強に集中する必要がある。
中学校1年生の時の成績も、高校受験には影響してしまう。
数年アメリカで過ごした○○(息子)の知らないことを、同級生達は沢山知っているのだから、それに追いつくことが必要。英語が出来ることはもちろん有利なポイントだけれど、その他の勉強は遅れているというのは事実であり現実。



2つ目は、中学校に入学する時に、中学受験をするパターン。
この場合は高校入学の受験がないのが、公立の中学に通う場合との大きな違い。
地元のお友達も、中学受験については考え始めている子がいるようだよ。
もしこれを選ぶなら、今からそのための準備が必要だし、どの学校を受けるかという事も考える必要がある。
つまり、今から受験勉強をする必要がある、ということ。



3つ目は、インターナショナルスクール。
日本にあるけれど、学校の様子はアメリカ。学年も学期もアメリカ式だし、もちろん授業もすべて英語。
今いる学校のような雰囲気に近いのは、もちろんこの学校。
ただ、家庭のバックグラウンドについて、我が家の様に両親とも日本人で今後も日本永住が決まっている家庭がどれくらいいるのかは、調べてみないと分からない。
おそらく生徒は、ハーフの子とか、親御さんの都合で一時的に日本に住んでいる外国人が多いだろう。



その他に考えられ事は、親から離れての寮生活。
私立中学校に通う子供の中には、こういう子もいる。
一定した環境で、目標の大学に入るために準備するのがその目的。
寮の規則どおりに他の学生達と生活して、勉強する。
やる事は勉強ばかりではないし、部活やその他の事もある。集団生活なのだから、生活環境やパターンは初めてのことが多いだろう。
先の話でピンと来ないかもしれないけれど、進学する大学も、外国の大学に進む子が多いらしい。アメリカの学校なんだから当たり前だけどね。






それくらいしか思いつかなかったから、適当にそれらをあげて、息子がどんな反応をするのか待ってみた。
どれが良いとも悪いとも、どれを薦めるとも、言わなかった。
というか、母親自身も何が息子にとって良いのかなんて、分からない。


ただ、息子は、

「アメリカの小学校大好き。自由がある。」
「中学もアメリカのに行って見たい。」

とか、時々言うから、てっきり

「インターナショナルスクールっていうとこが良いかな!」


と返答してくるかと思ったら、





「ふーん、なるほど、いろいろあるな。」


とかちょっと考えてから、


「・・・、まあ、公立でいいな。」



と回答。




今の学校生活が楽しいのは、どこか自分が"目立ってる"部分を楽しんでいるからだ、という気がするんだ。
3rd Gradeの時、ESOLにいて、まだちゃんと英語もしゃべれないのに生徒会に入っちゃったり、セレモニーでみんなの前で歌っちゃったり、他の子と比べて背がすごく小さかったり、学年に日本人は自分だけだし、だから結構目だって、楽しめてるっていうとこがあるんだと思うよ。

でも、もし日本に帰ってインターナショナルスクールに入ったとしても、もうそういう感じじゃないでしょう。
たぶん、普通の生徒の1人になるんじゃないの。

それなら、普通の学校行って、英語がしゃべれるっていうので目だったほうがいい!




と、考えるからだ、という。





それを聞いて、そういう考え方もあるのか!と感心しきりの母。
勉強という観点からはずれているかもしれないけれど、着眼点としては新鮮。


夫には、教育環境を考慮して自分が単身赴任することも必要になるかという思いもあるみたいだし、どうなることか分からないけれど、家族ぞれぞれが自分なりの考えを持っておいても間違いは無いだろう。

私自身は、家族でよく話し合って、最終的には息子の選択に任せたいと思うけれど、そんな判断力が中学入学前後の子供にあるのか、それは疑問。
あと、よく有名人の話とかにあるような、「親に放り込まれました」的な子供の進路の決定方法。
そんな決断力は少なくとも凡人の私には無い!
息子が今後、自分の進路に後悔することがあったら、自分で決めたことに対して後悔して欲しい。その方が必要な軌道修正もしやすいのでは、と思うし、後悔の裏にある学びにも気づきやすいだろう。
第一、「いわれたとおりにやったのにさっ」なんて、責任転嫁されるなんて真っ平だ。


まあ、まだあと少しは先の話だ。
直面する時が来たら、また考えよう。






.01 2012 息子 comment2 trackback(-)

エンジー、再び!!

昨年、一時期、息子を悩ました活発な?少女、エンジー。

遡ったら数回に渡ってその件がブログに残っていたから、息子史上結構な話題だったんだろうな。



エンジー攻略への道





その後は不思議なもので結構仲良くなったらしく、夏休みに突入した。

彼女は他の女の子のようにグループで行動することがないらしく、息子やその友達が「おとこどうし」で遊んでいても平気で入ってきて、それも結構楽しいのだとのことだった。




そのエンジーから、夏休み終了間際に3度も電話が!


一度目は、夜8時過ぎ。
息子に代わったら、


「はあ?」とかいう言葉と共に、電話を片手に自分の部屋へ。

かといってドアを閉めるでもなく、部屋中をうろうろ、主寝室やバスルームもうろうろ。
ベッドでごろごろしたりしながら相槌をうっていた、覗いてみたら。

30分ほど話して電話を切った息子。
その後は普段どおり歯磨きして、一通りふざけてからお風呂に入って、マンガ(こち亀)読んで、寝た。




その次の日に、

「昨日、エンジーから電話あったね~~」

と、からかい半分に言ったら、




「ああ、そうだよそうだよ。全く、なにが言いたいのかさっぱりわかんなかった。何の用事か言わないし休み中の話とかして、いつ終わるのかとおもったのさ」


きょとんとした顔で答えていた。





その他にも電話があり、やはり


「だから、何の用事なのかさっぱりわかんないのさ。よくあんなしゃべることあるな。」





不快なことされて憤慨していた時の事を思えば、可愛いものじゃないか。

夫は、「○○(息子の名前)って、色々自分の考えとかしゃべるくせに、にっぶいよな~」と、息子のあらたな一面?に気がついたようであった。








.30 2012 息子 comment2 trackback(-)

トイレ貸してください

英語で、「トイレをかしてください」という時。



小学校では、

May I go to the bathroom?

というのが基本だと、親の海外赴任についていく小学生向けの英語の本とDVDで習った。





アメリカ人の友人Cの家に行った時、トイレを借りようと思い、その台詞をそっくりそのまま言ったら、


「もちろんいいけど、学校みたいにトイレまでの距離がそんな遠くないんだし、goじゃなくてborrowでいいよ、今みたいな場合は」


という。




た・し・か、「物じゃないんだから、トイレ借りる時はborrowって言わないでよ!」と、中学か高校かどちらかの先生に習った記憶があったから、彼女の指摘を受けても、

「ネイティブって、そうなんだー」

と、疑問も持たず納得したののみだった。






なので、今日、英語の先生(tutor始めました)に、


「May I BORROW the bathroom?」と尋ねたら、




「それは変だ。その場合は、useを使うべきだ。意味は通じるけど」と!




なんのこっちゃと思い、友人とのやり取りの話をしてみたら、その先生は腕を組んですっごく目を丸くして、しばらく「ハア~~ン」等とうなり、


「確かに!アメリカ人の中で、使う人はいるわっ!」と。




ただ、「そういう風に使う人はいるし、時には耳にする表現かも知れないけど、あえて教えるような使い方じゃないのと、やっぱりちょっと意味を成さないようにも感じるから、useで覚えたほうがより正しい」


とのことだった。




ふーん、っていう感じだ。

他の人にも聞いてみようと思う。
.28 2012 英語 comment0 trackback(-)
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プロフィール

はるとまん

Author:はるとまん
夫と小学生の長男と私の三人家族。
夫の研究留学のため、2010年4月からアメリカ・メリーランド州在住です。

Maryland : Now

       

英検準1級単語ドリル 黒猫版


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